2019年未来デザインネクスト 「Bauhaus100周年記念」開催レポート
イベント(6月21日・福岡市科学館サイエンスホールにて開催)
基調講演/パネラー
NOSIGNER代表、太刀川英輔
下川一哉(意と匠研究所)
佐藤俊郎(環境デザイン機構)
ファシリテーター
江副直樹(福岡デザイン専門学校特任講師)
レポート(文責)
田所恵介(福岡デザイン専門学校 未来デザインネクスト・スーパーバイザー)
モダンデザインの源流をたどると、
バウハウスの息吹がよみがえった。
デザインという文脈で、20世紀を振り返るとき、今から1世紀前に生まれたバウハウスというデザイン学校の存在は極めて大きい。おりしも第二次産業革命という時代の潮流の中で、現代につながる消費社会が形作られようとする過渡期に、芸術と産業の融合をめざした実験的なデザイン運動を通して、モダンデザインのベースを、ある意味かたち作ったと言ってもいいからだ。1919年ドイツ・ワイマール共和国に誕生したその小さなデザイン学校は、ナチス政党の弾圧によって1933年に閉校した。初代校長ヴァルター・グロピウスから2代目ハンネス・マイヤー、3代目校長ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエにいたるわずか14年間の活動であったが、建築を最終的なデザイン活動の到達点として構成された独自のカリキュラムによって、家具や工芸、印刷、テキスタイル、陶芸、舞台芸術にいたるまで、およそ、人間の生活に付随するデザイン領域をカバーし、欧州における当代一流の優れた造形教育者と学生たちの工房活動のなかで、ある種の徒弟制度(教授は親方と呼ばれた)によって生み出された作品は、今もマスターピースとして、世界中で愛用されている。例えば、ワシリーチェアの愛称を持つマルセル・ブロイヤーのB3椅子などがそうだ。スチールパイプを使った世界最初の椅子だが、この後を追うように、ル・コルビジェやミース・ファン・デル・ローエといった大物デザイナーがスチールパイプを椅子に使い始めるようになる。椅子といえば、木材が一般的な時代、いち早く、新素材に着目し、大量生産に適したデザイン設計を企てたのである。
今回のデザインフォーラムの基調講演を行ったデザインストラテジスト、NOSIGNERの太刀川英輔氏は、バウハウスの活動を進化思考という独自の視座で読み解いていった。
進化思考でバウハウスを読み解く。
(太刀川)
バウハウス以前は、椅子の素材にスチールパイプを組み合わせるという発想はまったく想像できなかったと思うんです。この時点で、椅子づくりにおけるイノベーション=変異が起きた。と思っています。私が提唱している“進化思考”のプロセスは、“関係”と“変異”の相関に着目していて、特に“変異” していくプロセスとイノベーションの関係は、バウハウスのデザイン活動の中にもいくつもの事例がみられます。
太刀川氏の進化思考プロセスでは、“変異”を生み出す手法は、「欠失」「融合」「代入」「擬態」「転移」「変形」「集合」という7つのキーワードに分類できるという。「椅子は4本脚という概念」を、カンチレバー構造のスチールパイプが変えた。
片側だけで座面を支える片持ち式構造が可能になり、独特の浮遊感のある座り心地と、なによりもミニマルなスタイルのモダンデザインが生まれたわけだが、これなどは、太刀川氏のいう「欠失」=(片面の脚を取った。)「融合」「代入」=(新素材としてのスチールパイプ。)というカテゴライズの例かも知れない。
作品提供/永井 敬二 様
(太刀川)
欠失は、「何か要素を無くしてみる」。自然界ではヘビは足をなくすことで環境に適応しているし、工業製品では羽をなくすことでイノベーティブな扇風機が生まれた。融合は、例えば、カレーうどんでもいいし、ドローン宅配便でもいい。無関係に見えるものでも、交配させてみることで変異が起こる。
融合は、A+Bという発想、代入はAの一部を置き換えてみる。エンジンをモーターにしたEVや、店員をタブレット端末にした飲食店などが典型的ですね。擬態では、鳥を真似ることで飛行機というイノベーションが生まれた。転移は、場所や目的を移してみる。書道筆を化粧筆として使ったり、といったことですね。変形は、大きさ、形状、色を変えてみる。iPhoneができたらiPadもできたという具合です。集合は、大量に集まること、組織化することによって、概念が変わる。LEDなんかまさにその例。一個一個はただの照明ですが、大量に集合させることによって、ディスプレイという情報装置に変換した。
太刀川氏によれば、“変異”によるイノベーションの試みは、“関係”による淘汰と変異の試みを繰り返しながら進化していくという。
進化とは「関係-変異」を繰り返すこと
いっぽうの「関係-変異」の進化思考プロセスにおける“関係”とは、どういうことか。
(太刀川)
生物の形態は周りとの関係によって決まる。周りの環境に最も適したものが生き残る。何世代にもわたって、「変異-関係-変異-関係・・・」を繰り返すということです。このプロセスは、イノベーションやデザインにおいても強い類似性があると思っています。対象となるものの“関係”を考える際は、4つの視点が必要です。一つ目は、「解剖」。中を見るミクロな視点。内部はどんな構成で、どんな機能を持ったパーツの集合なのか、いわば、リバースエンジニアリングですね。これは大事です。バウハウスの残したスケッチの類などを見ると、デザインする対象物がどんな構成要素から成立しているのか、科学的な目で徹底的に分解し観察している。2つ目は、マクロな視点、生態系です。ビジネスの分野でも同様で、マーケティングなどは、ユーザーや社会との接点を探りますが、そういった人間の部分のフォーカスから、さらにもっと深い生態系としての洞察が求められると思います。
3つ目は、「系統」。モノの歴史的系譜を辿って、その中に位置付けると関係性が見えてきます。例えば、馬車がなければ自動車は生まれなかったでしょうし、一方で、蒸気機関から内燃機関、電気モーターといった動力の歴史がある。
世の中を変えてきたイノベーションは、この例のように、歴史の中で、いくつかの枝が重なったところに生まれてきました。これら3つの視点によって、時間的・空間的に、中、外、過去を押さえ、現代の差分をとれば、ある程度、未来シナリオが描けるようになる。これが4つ目です。未来は、過去からの系譜の上にあるわけで、人間が本能的に求めてきた本質的なものを洞察していくと、全体性を描ける発想が出てくるのではないかと思います。」
(総括)
21世紀に求める、バウハウス的教育とは。
1部の基調講演は、バウハウスの航跡を、進化思考という概念で読み解くユニークなスピーチとなったが、2部のパネルディスカッションでは、さらに議論を深め、歴史年表と照らし合わせながら、歴史的イベントとデザインとの関係やデザインの系統樹をヴァルター・グロピウスやミース・ファン・デル・ローエの建築の変遷を例に、未来へと考察を進めた。バウハウスが第2次産業革命による技術革新という時代の要請に応え、20世紀の産業社会におけるデザインに果たした役割は大きいと総括した上で、21世紀をデザインする我々にとって、今、まさに、テクノロジーの技術革新がすべてを変革していく時期に来ており、極めて時代性という意味においてはシンクロしていると、パネラーからの感想が得られた。今後、不確実、不透明な時代を可視化するというデザインの役割はますます求められる。また、21世紀は、産業の発展のみならず、経済成長を追求しすぎたために生じた環境破壊や分断社会からのパラダイムシフトとしての国連のSDGsの推進に見られるような、ホリスティックな視野が求められる。バウハウスが単なるデザイン学校ではなく、そこに、モダンデザインの源流が息吹いたのは、先を見通す人材を育成する全人格的なデザイン教育があったからではないか。そういう意味では、デザイン学校の資質がまさに問われようとしている。
尚、本校では10月~11月にかけて、バウハウスの作品を再解釈した学生によるオマージュ企画展を開催する予定。